くま社長閑話 Vol.284 「故愛猫によせて」
平成21年6月4日0時12分、当家の猫、「にゃおーん」が他界した。
3日(水)午後から具合が悪かったようで、愛息が小学校から帰宅して
様子がおかしいことに気が付き、そっと観察をしながら、母の携帯に
電話をしたらしい。ボクには連絡は無かったが、たまたま、いつもに比べると
早く帰宅したのだが、玄関前にクルマを停車するが否か、愛息が玄関を
飛び出すように開け放ち、クルマの外で絶叫していた。
「パパ、にゃおーんが、にゃおーんが。」
ただならぬ形相に、全てを悟った。
「(そうか)・・・・・・・・・・・。今すぐ行くよ。」
猫は既に自力で二階に上がっていた。猫は慣れた寝室に行きたがっていたようで、
駆けつけた時には、「ぜいぜい」云いながら舌の先をちょっと口から出している、猫の顔が
そこにはあった。時折、立ち上がろうとしては、苦しそうに鳴き声をあげたりしていた。
ボクは、愛息と愛妻に、
「にゃんにゃんに、ありがとう、を云いなさい。にゃんにゃん、今まで本当にありがとう。」
愛息と愛妻は、殆ど言葉にならないまま、心から感謝を伝えながら、やさしく、猫の横腹を
ゆっくり、ゆっくりと撫ぜてあげていた。
「にゃんにゃん、今までいつもボクのそばにいてくれて、本当にありがとう。いつもご飯のときにはひざの上に乗ってきたね。・・・・・・・赤ちゃんの時から仲良くしてくれて本当にありがとう。・・・・・・」本当に最後になるであろう予感がそこはかとなくしたのだろう、愛息は涙で
声にならない声を、続けた。
苦しんだ時間はそう、長くはなかった。
日付が変わって、そう経たないうちに、急変した。
立ち上がったのだ。
後ろ足はもう、腰も立たぬ状況の中で、前足を踏ん張って、
一緒に暮らして17年、猫齢は人間にたとえて90歳余、おばあちゃん
ではあるが、それはそれは雄雄しく、最後の鳴き声を聴いた後、
自ら静かに横たわり、そうして、体が3、4回震えた。
とても立派な最期だった。
愛妻は云った。
「こんなに立派な最期をおくったにゃおーんは本当に素晴らしい猫だったね。」
くま社長日記、改め、くま社長閑話。
愛猫のついての記述は、以前に何度もしているので改めてここではしないが、
「にゃおーんはかすがい。」
家族のとても大切な一員だったことは云うまでもない。
本当にいい猫だった。
ありがとう、にゃおーん。
おかげさまでとても楽しかったよ。
翌朝、広くはないお庭に深く土を掘り、静かに葬った。
それから数週間。
多忙激務の中、ボクは腰を痛め、なんとか超ハードスケジュールを乗り切った。
くま社長閑話。
とても閑話など書ける状態ではなかったし、悲しみに打ちひしがれて、ただただ、
忙しい日々をやり過ごした。
やっと、いくらか平穏な日々になった。
数週間更新のない本著は、やっとここにさかのぼって、またタイピングを始めることが
できそうである。
毎日毎日、朝、「おはよう、にゃんにゃん」と窓越しに見える小さなお墓にご挨拶をして、
一日を始めている。
多くの方々から、メールの弔電をいただいた。
本当にありがとうございました。
ここに生前よりの暖かいキモチを戴きながら、故猫に成り代わり、深く御礼申し上げます。
この場をお借りして感謝申し上げます。
ありがとうございました。
澄川、ハチ
2009-06-23 00:01
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